カトウエツコ

はじめまして、こんにちは
岐阜県のすみっコぐらしをしているカトウエツコと申します。
(当たり前ですが某キャラクターとは関係ございません・笑)

自己免疫疾患・線維筋痛症・慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎
間質性肺炎、軽症の化学物質過敏症の5つの病気と闘いながら
ハンドメイド作品を販売したりして生きております。

どうぞよろしくお願い申し上げます

https://100ya.thebase.in/

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西日本豪雨、お見舞い申し上げます

前回のblogから約1ヶ月近く経ってしまいました。(体調を崩しておりました・・・今もですがorz)今回のblogは寄付レポートを書く予定でしたが、先日岡山県や広島県、愛媛県を中心とした西日本豪雨について書かせてくださいませ。まずは被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また惜しくもお亡くなりになった方へご冥福をお祈り申し上げます。日に日に数が増えていく死亡者の方々、泥水に浸かった景色。東日本大震災の頃を思い出す景色になんと申し上げてよいかわかりません。そして豪雨のあとは猛暑。なんてこと・・・。この暑い中、作業をされている方やクーラーもない避難所で頑張る方。肉体的にも精神的にもとても大変かと思います。1日でも早く快適な日々がおくれますことをお祈りしております。私が住んでいる岐阜県も被害を受けました。幸いにも私の町では何も被害がありませんでしたが、少し走れば土砂災害や河川決壊があった町や市にいくことができます。「明日は我が身」という言葉がよく使われますし、私もよく使いますが本当に「明日は我が身」でございました・・・。岐阜県でもボランティアを募集しておりますし、西日本はもっと色々募集しております。ですが私はこんな身体ゆえに体力的なお手伝いはできません。そのかわり募金をさせていただきました。これからもさせていただきます。そして当店でもなにかできないか考え中です。まだ体調がすぐれないため、実践にうつせませんが(これがまた悔しい)実践した際にはぜひご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

どのように、どこへ寄付しているのか

こんばんは。前回のblogから少しは早く更新できたかな。(それでもけっこう時間が経っておりますが^_^;)さて、今日は売上金をどのように、どこへ寄付しているのかお話させてください。当店を始める前「さて、どのように寄付をしようか」と悩みました。前回のblogに書いたように福島県の未来を担う子どもさんたちへ届けたい。出来れば仲介を通さずに直接届けたい。(仲介がいけないわけではないのですが、出来れば直接願いをこめたかったのです)ですが私は福島県にご縁はなく、情報もない。突如、岐阜県からやってきた謎の人物が小学校などにお金を持っていくのは・・・ちょっと不審者すぎる。きっと私だったら「誰やねんお前」と言うでしょう。いや、その前に体力的に福島県まで行くのはかなり厳しい。そこで思いついたのが、講演会でご縁をいただいた、福島県いわき市ご出身のジャーナリスト・高橋智裕さんにお知恵を拝借することでした。高橋さんは福島県の小学校などに出向き、とても素敵な写真を撮っていらっしゃいます。なにより福島県ご出身者です。何か伝手があるのでは!なぜ私が当店をはじめようと思ったのか、なぜ子どもさんたちへ届けたいと思ったのか、直接寄付金と私の願いを届けたい。どうかお知恵を貸していただけないか?とそれはもう暑苦しいほどの思いをありったけ伝えさせていただきました。突然のメールできっと驚かれたでしょうに、高橋さんはとてもお優しく、さらに私の希望以上の答えをくださいました。いくつかの子どもさんたちの施設を教えてくださり、さらに私の身体を考慮してくださりなんと「僕が代わりにお届けすることもできますから遠慮なくおっしゃってください」と!これ以上ないサポートをしてくださることになりました。そして毎年高橋さんはお手伝いをしてくださっています。では次回はどこに届けたのか。簡単なレポートを書かせていただきたいと思います。追伸ハンドメイド作品の新作がいくつか出来上がったのですが、注文した撮影機材到着待ちでございます。来月中にはアップしたいと思っております。どうか応援のほどよろしくお願い申し上げます。

なぜ福島県なのか。なぜ全額なのか。

こんばんは。またまた前回のblogから時間が経ってしまいました。(なんかこれが定番の挨拶になってしまっている。いかんいかん)ようやく私のハンドメイドサイトの心臓部の話になってまいりました。私が東日本大震災復興支援を決めたわけは前々回のblogに書いたので省略するとして。なぜ被災した各県全体でもなく、赤十字やUNICEFなどの団体でも、ふるさと納税でもなく「福島県」に特化しているのか。そのわけを書かせていただきたいと思います。皆様御ご存知のように東日本大震災で被災したのは福島県だけではありません。青森県・岩手県・宮城県はもちろん、茨城県や千葉県、東京都など関東も甚大な被害を受けました。さらに申し上げると翌日には長野県栄村を中心とした地震で、長野県と新潟県が被災しました。その後は熊本地震や九州北部豪雨、過去に遡ると阪神・淡路大震災などもあります。出来ることならばいろんな場所へ支援をしたいのですが、私にはその力がありません。(もちろん出来るようになったら始める気満々です)じゃあどうしようか。と考えていたとき。とある方の講演会&写真展に行く機会がありました。その方は福島県いわき市ご出身のジャーナリスト・高橋智裕さん。(サイトはこちら→http://riretomo.wixsite.com/tomohiro-takahashi)講演内容を詳しく書くとそれでblogが埋まってしまうので、おそれいりますが当時の様子を書いた個人blogを読んでいただけたら幸いでございます。こちらです→http://besame-te-quiero.hatenablog.jp/entry/2013/01/27/221333高橋さんは取材中に津波にのまれ、奇跡的に助かったお方です。実際に被災された経験、その後のご活動などを聞かせていただきました。それは自分がメディアで得た知識を遥かに超えた壮絶なものでした。そして写真展と、出版された写真集には子どもたちの声が聞こえてきそうな思わず手を合わせてしまうような、そして笑顔をみると一緒に笑いたくなる「今」がありました。講演会の司会者さまが「各新聞社などが東日本大震災の写真集を出版しておりますが現地の声と思いを直接伝えている写真集はこれしかない」とおっしゃっていたのが印象的でした。地震・津波・そして原発事故と・・・本当に大変な被害を受けた福島県。今もなお故郷に帰れない人がいる。風評被害で苦しむ人がいる。何も悪いことをしていないのに差別やいじめで泣く人がいる。これから本当に大変な福島県を特に応援したい気持ちが強くなりました。そして出来れば・・・未来を担う子どもさんたちが時に泣いても怒っても笑顔でいてほしいとの思いがすごくすごく心の奥からわいてきました。なので「福島県復興支援」することを決めました。私の作品の売り上げはすべて福島県の未来を担う子どもさんたちへ寄付しております。「なんで自分のあがりは取らないの?」「本当に全額寄付しているの?」とよく聞かれますが全額寄付していますし、当分は自分のあがりを取るつもりはありません。それはまだ自分のハンドメイドスキルが甘いから。もっともっと勉強して、スキルも上がって、「上がりをとってもいいかな」と納得出来る日まで自分は頑張ります。まだまだ修行中なんです、私。だからといって作品に手を抜いているわけではありません。むしろたくさんの失敗作のなかから「これだ!」と自信を持ってお渡しできるものを並べております。ぜひ応援してくださると嬉しいです。次回はどのように、どこへ寄付しているのかお話したいと思います。「時間が経ってしまいました」という挨拶から脱却したいですね(^_^;)

福島県復興支援サイトをはじめたわけ。

こんばんは。東日本大震災・福島県復興支援サイト「摂氏525度」の店主、カトウエツコでございます。前のblogからずいぶん時間が経ってしまいました。さて。岐阜県民の私がなぜ福島県復興支援サイトをはじめたのか。それはやはり持病が理由でした。震災が起こった当時、私は愛知県のとあるマンションに住んでいました。当時の私は今ほど重症ではありませんが、働けないほどの状態で車椅子生活を余儀なくされていました。その日は普通にパソコンで遊んでいました。マンションの施工会社は阪神・淡路大震災で被災したことで耐震構造に非常に力をいれていらっしゃいました。そのおかげで、あの日もほとんど揺れず「あら地震?」と思った程度。(近所の人は愛知県が震源地かと思うほど揺れたとおっしゃっていました)普通に洗濯物をとりこんで、パソコンの前に座ったとき。さきほどまでごくごく普通だったSNSが「地震」「津波」「安否」「SOS」の文字一色に。何が起こったのかさっぱり分からない・・・。(当時住んでいた家にはテレビがありませんでした)動画サイトでテレビ生中継が観られると知って慌てて行ったら。そこには信じられない光景がうつっていました。本当にこの世のものとは思えない光景に寝るまでずっと目が離せませんでした。その後、救援物資募集や義援金活動が各地で行われました。ですが私には物資を買うお金も、もちろん義援金もありませんでした。無職で、専業主婦で(当時は結婚していました)、今思うと経済DVのような生活でとても現地に届けるお金がありませんでした。悔しくてたまりませんでした。お金はなくとも、こんなに時間だけは有り余っているのに。現地ボランティアすら出来ない自分が本当に本当に情けなかったのです。そして勝手ながら、ある日突然身体の自由を、職を奪われた自分と、被災された皆様を重ね合わせてしまい、遠く離れていても他人事とは思えなかったのです。(自分には寝る家も、布団も、ライフラインもあるのに比較すること自体がおかしいのですが)「なにか出来ないか」と悩むある日。ネットを介して素晴らしい方と出会いました。それはご自身で描かれた絵やハンドメイドのアクセサリーを販売して、福島県へ寄付をしている方でした。それを聞いたとき「これだ!!」と思いました。お金がないと嘆くのではなく、ないのならば自分の出来ることでお金を稼いで寄付すればいいんだ!どんどん不自由になっていく手のリハビリでハンドメイドをはじめていた私。ただ作るだけでなく、販売して、自分の願いを知って頂き、頂いたお金を必ず届ける。そう決めてはじめたのが「摂氏525度」の前身「ひゃくや」でした。そして今に至ります。これまでに3回寄付をさせていただいております。今では私の生きがいのひとつであり、仕事であると思っております。ご購入前になにかご質問があったら、ご遠慮なくお申し付け下さいませ。ご納得いただいてからぜひ当店をご利用くださいませ。また長くなってしまったので、「なぜ福島県なのか」「なぜ全額なのか」を次回のblogで書かせていただきたいと存じます。

はじめまして。

はじめまして。ようこそ「摂氏525度」へお越しくださいました。店主のカトウエツコと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。最初のblogなので、まずは自己紹介をさせてくださいませ。◆名前:カトウエツコ(ちなみに本名です)◆生年月日:1977年10月18日◆生息地 :岐阜県◆特徴1:難病を4つ抱えているが見た目にはわからない◆特徴2:金属アレルギー&牛乳アレルギー&ウールアレルギー◆生活:ほぼ寝たきり黙って座っている(もしくは寝ている)ぶんには全く分からないのですが実は4つの難病を抱えて生きております。難病と言っても難病指定には入っておりませんのでいわゆる制度の谷間に挟まっているヤツです。1.自己免疫疾患(https://goo.gl/yQoPZi)2.線維筋痛症(https://goo.gl/LJrqJs)3.慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎(https://goo.gl/7Vb0qd)4.間質性肺炎(https://goo.gl/58UcJ7)説明するとすご~く長くなってしまうのでWikipediaのリンクを貼らせていただきました。お手すきの際にでも読んで頂けたら嬉しいです。個人的感覚としましては・・・・2日酔いみたいな頭痛が毎日ある・全身をガンガン殴られて蹴られて五寸釘を刺されたような痛みがある・だが痛み止めが効かない病気・微熱程度だがインフルエンザ並みの身体のしんどさと痛み、苦しみがある・↑の状態で起きていても寝ていても毎日フルマラソン完走状態の疲労・寝ても覚めてもその疲労としんどさは回復しないみたいな感じです。・・・わかりにくいですね(^_^;)私もインフルエンザ以外は実体験しておりません(←当たり前や)とにかく皆様、人生で1番苦しくて痛くて「もうイヤー!」って思った時を思い浮かべて下さい。それが普段の私です。こうしてblogを書いている今もです。信じられないかもしれませんが・・・事実です。こんな私がなぜ東日本大震災・福島県復興支援サイト「摂氏525度」をはじめたのか。それは次回で書かせて下さい。