福島県復興支援サイトをはじめたわけ。

こんばんは。東日本大震災・福島県復興支援サイト「摂氏525度」の店主、
カトウエツコでございます。

前のblogからずいぶん時間が経ってしまいました。


さて。岐阜県民の私がなぜ福島県復興支援サイトをはじめたのか。
それはやはり持病が理由でした。
震災が起こった当時、私は愛知県のとあるマンションに住んでいました。
当時の私は今ほど重症ではありませんが、働けないほどの状態で
車椅子生活を余儀なくされていました。

その日は普通にパソコンで遊んでいました。


マンションの施工会社は阪神・淡路大震災で被災したことで
耐震構造に非常に力をいれていらっしゃいました。
そのおかげで、あの日もほとんど揺れず「あら地震?」と思った程度。
(近所の人は愛知県が震源地かと思うほど揺れたとおっしゃっていました)


普通に洗濯物をとりこんで、パソコンの前に座ったとき。
さきほどまでごくごく普通だったSNSが「地震」「津波」「安否」「SOS」の文字一色に。
何が起こったのかさっぱり分からない・・・。
(当時住んでいた家にはテレビがありませんでした)


動画サイトでテレビ生中継が観られると知って慌てて行ったら。

そこには信じられない光景がうつっていました。

本当にこの世のものとは思えない光景に寝るまでずっと目が離せませんでした。



その後、救援物資募集や義援金活動が各地で行われました。
ですが私には物資を買うお金も、もちろん義援金もありませんでした。

無職で、専業主婦で(当時は結婚していました)、今思うと経済DVのような生活で

とても現地に届けるお金がありませんでした。悔しくてたまりませんでした。

お金はなくとも、こんなに時間だけは有り余っているのに。
現地ボランティアすら出来ない自分が本当に本当に情けなかったのです。

そして勝手ながら、ある日突然身体の自由を、職を奪われた自分と、被災された皆様を重ね合わせてしまい、遠く離れていても他人事とは思えなかったのです。

(自分には寝る家も、布団も、ライフラインもあるのに比較すること自体がおかしいのですが)


「なにか出来ないか」と悩むある日。ネットを介して素晴らしい方と出会いました。

それはご自身で描かれた絵やハンドメイドのアクセサリーを販売して、福島県へ寄付をしている方でした。

それを聞いたとき「これだ!!」と思いました。
お金がないと嘆くのではなく、ないのならば自分の出来ることでお金を稼いで寄付すればいいんだ!
どんどん不自由になっていく手のリハビリでハンドメイドをはじめていた私。

ただ作るだけでなく、販売して、自分の願いを知って頂き、頂いたお金を必ず届ける。
そう決めてはじめたのが「摂氏525度」の前身「ひゃくや」でした。そして今に至ります。


これまでに3回寄付をさせていただいております。
今では私の生きがいのひとつであり、仕事であると思っております。

ご購入前になにかご質問があったら、ご遠慮なくお申し付け下さいませ。

ご納得いただいてからぜひ当店をご利用くださいませ。



また長くなってしまったので、「なぜ福島県なのか」「なぜ全額なのか」を次回のblogで書かせていただきたいと存じます。